経営者保証に関するガイドライン
2015.05.11
企業再生
先日のブログで、保証は怖い、という話を書いた。保証、特に経営者保証については、昨今、大きな議論となっており、平成25年12月5日には日本商工会議所と全国銀行協会を事務局とする「経営者保証に関するガイドライン研究会」より、「経営者保証に関するガイドライン」が公表された。
私はガイドラインの内容や方向性については、概ね賛成する。特に事業承継時の対応や保証債務の整理のガイドラインについては大歓迎である。しかし、巷で行われている経営者保証に関する議論の中には誤った認識に基づくものも含まれているように思う。その代表的なものが、「連帯保証制度は日本特有の制度であり、世界でも類を見ない。アメリカの銀行は企業の事業性を判断して、保証などとらずに融資を行う。日本の銀行は企業の事業性の判断をする能力がない。」というものである。
確かに、アメリカでは保証はあっても連帯保証という制度はない。しかし、アメリカの銀行が企業の事業性を見て融資を行うというのは本当だろうか。私が会計事務所に就職したばかりのころ(もう20年も前の話だ)、私もアメリカの銀行は企業の事業性を見て融資を行うと思っており、アメリカに駐在していたことがある先輩に、日本の銀行は保証や担保がないと金を貸さない、アメリカの銀行は企業の事業を見て融資を行えるから先進的だ、と言ったことがあった。その先輩の第一声は、お前は馬鹿か、だった。
随分昔の話で正確ではないかもしれないが、その先輩の話は概ね以下のようなことだった。「アメリカの商業銀行は貸倒れるような融資は絶対にしない。利ザヤが数パーセントしかないのに、いちいち事業性を判断して融資なんかできない、それはベンチャーキャピタルなどの業務で商業銀行の仕事ではない。必要であれば経営者の保証も取るし、通常、不動産や有価証券など確実性の高い担保で100%カバーされている融資しかしないから、保証を取らないとすれば必要がないからだ。」
その時は、なるほどそんなものか、と思っただけで特にその話が正しいかどうか調べることもなく、長年忘れていた。しかし、昨今の経営者保証の議論を聞いているうちに、昔先輩に聞いたこの話を思い出し、アメリカの経営者保証の現状について少し調べてみると、日本政策金融公庫が平成26年3月25日に出しいている「米国銀行における中小企業金融の実態」とういうレポートを見つけることができた。
このレポートでは、9行の商業銀行に担保・保証人の徴求についてヒアリングしているが、全ての銀行で一般に中小企業融資については担保・保証人が必須としている。経営者の個人保証が必要ないとする銀行は1つもなかった。
大手の商業銀行の1つは、いわゆるスコアリング融資は無担保で行っているが、その場合は上限が10万ドルで経営者の保証は必ずとるとしている。我が国でも一時スコアリング融資が流行り、某大手銀行は今まで取引もない企業に決算書を見ただけで5千万円単位の無担保融資をしたものだったが、元々スコアリング融資の本家本元であるアメリカの商業銀行の考え方は、担保設定するコストも勿体ない少額融資について、いざというとき、経営者がなんとか払える程度の範囲を無担保で貸す、というものなのだろう。非常に合理的である。それに比べてアメリカの融資方法を表面だけ真似て、当てにならない中小企業の決算書を頼りに多額の無担保融資を行った日本の銀行の行動は愚かしいとしか言いようがない。
日本で経営者保証が問題になり、アメリカではなっていないとすると、アメリカの銀行の融資姿勢を見ても解るとおり、それは経営者保証を取ること自体にあるわけではない。問題の本質は、銀行が企業とその経営者の担保力をはるかに超える融資を行うことにあるのだ。そもそも企業が過剰な融資を受けることができなければ、不幸にも事業が立ち行かなくなったとしても、経営者が過度に追い詰められることもなく、経営者保証が問題になることもないはずなのである。
一部の銀行では、「経営者保証に関するガイドライン」を受けて既に経営者保証のない融資を始めている。日本の銀行の利ザヤはここ10年以上2%を切っており、一方で、アメリカの商業銀行の金利は3~4%程度だそうである。つまり、同額の貸出をしても、日本の銀行はアメリカの銀行の半分くらいしか稼げず、しかも、最近の金融緩和の影響で日本の銀行の利ザヤはさらに悪化している。文字通り、絶対に貸倒など出せない状況のはずなのだ。にもかかわらず、経営者保証がないから担保などの保全をしっかりとる、というわけではないし、ましてや事業性を見極めて融資をしているわけでもなく、ただ単に金利競争が行きつくところまで行ってしまい、他行の融資シェアを奪う武器として、低金利に代わって無保証を使っているに過ぎないように思える。このような銀行間の無節操な融資競争はいずれ再び日本の金融システムそのものを揺るがす大きな問題となるだろう。
一方で企業再生の現場では、本ガイドラインは非常に有効な効果を発揮すると思われる。今まで、過剰な債務を抱え、民事再生法や私的整理ガイドラインを活用した債務の圧縮を考えざるを得ない企業でも、経営者保証の問題で中々抜本的な経営判断をすることができず、徒に事業を劣化させてしまう例が多かった。本ガイドライン制定によって、過剰債務企業の抜本的な再生が進むことを期待している。
2015.05.11