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資金繰りについて

2022.12.31
再生日誌

塩野七生のローマ人の物語によると、欧米でミドルオブマーチ、すなわち、3月15日と言えば、他に何を付け加えなくても、ユリウス・カエサルの暗殺された日を指すそうである。

 

「ブルータス、お前もか」というセリフは、かの劇作家のおかげで欧米以外でも知らない人はないほど有名であるが、今まで何の疑問もなく「ブルータス」はカエサルの長年の愛人セルウィリアの息子(つまり、カエサルの息子かもしれない)マルクス・ブルータスとしてきた定説に、塩野七生女史は大胆にも疑問を挟み、カエサルが絶望を込めて呼んだ「ブルータス」はカエサルの部下の将軍であるデキウス・ブルータスであるとした。

 

カエサルは甥のオクタヴィアヌスに次ぐ後継者No2に、クリオ亡き後最も忠実な右腕と目されていたアントニウスではなく、デキウス・ブルータスを遺言で指名していたからだ。それを考えれば、確かに塩野七生女史の説が正しいのかもしれない。しかし、事実は往々にして散文的であるとしても、カエサルに聞いてみないかぎり事実は永遠に解明されない以上、息子同然に思っていた(あるいは息子かもしれない)男に裏切られて絶望したという定説を覆す必要はないように思える。単に最も信頼する部下に裏切られたよりもずっと劇的でカエサルの最後に相応しい。

 

カエサルが誰に「お前もか」と言ったにせよ、カエサルは昔からの敵ではなく、彼が目をかけてきた非常に近しい人達によって殺された。カエサルにとっては予想もしない裏切りであり、恩知らずな行為である。しかし、マルクス・ブルータスにしろ、デキウス・ブルータスにしろ、その行為がイスカリオテのユダとともにコキュートスで永遠に氷漬けにされるほどの罪だとは思っていなかったに違いない。

 

カエサルは独裁者だったかもしれないが、少なくとも良い独裁者ではあった。長年に渡る政治的な混乱と内戦を収拾し、平和と安定をもたらしたうえに、スッラのように政敵を大量虐殺するような真似をせず、ローマ市民に対しては寛容を貫いた。当然、市民の支持も高く、暗殺者達の多くもカエサルに対して憎悪よりもむしろ敬愛の念を抱いていたに違いない。しかし、だからこそ、熱心な共和主義者にとって、カエサルは暗殺しなければならない人物だったのだ。一時的に独裁者が現れたとしても、それが横暴な独裁者であれば、市民はやがて独裁に対して蜂起し、共和制は再建される。むしろ、市民が良い独裁者の善政に慣れ、自ら共和制よりも良い独裁を望むようになった時こそ、共和制が真に死ぬときなのだ。

 

しかし、カエサルの暗殺は三流の独裁者アントニウスの台頭を招き、余計な15年に渡る内戦の末、アントニウスよりはましだとしても、カエサルに比べれば二流の独裁者に過ぎないオクタヴィアヌスによる帝政へと繋がっただけだった。

 

カエサルの暗殺は、堕落した共和制は良い独裁に優るのか、あるいは、市民に支持された良い独裁者を暗殺することは許されるか、といった、長年に渡って解決されていない政治的なテーゼを我々に投げかけている。それゆえ、3月15日は単に大昔の権力者が殺された日というだけでなく、特別の日とされているのであろう。

 

もっとも、塩野七生の話を真に受けてその辺を歩いているアメリカ人に3月15日は何の日かと聞いてたとしても、カエサルの殺された日と答えるか、いささか疑問ではある。塩野七生の周りにいる欧米人の常識が全ての欧米人に通用するとは思えない。日本では、3月15日は何の日だと問われれば、確定申告の日と答える人が一番多いだろう。一般の人でもそうなのだから、会計業界の人間であれば、ほぼ100%そのように答えると思う。しかし、私も会計人の端くれであるが、私に3月15日は何の日だと問われれば、それはユリウス・カエサルの死んだ日でもなく、確定申告の日でもない。私にとって3月15日は、一年で最大の手形決済の日として記憶されている。冬物の仕入れの決済がその日にやってきて、資金繰りが最大の山場を迎えるのだ。資金繰りの苦しい会社で資金担当者をしている人には理解してもらえると思うが、そのような立場から解放されて10年以上たつにも拘らず、未だに3月15日が近づくと私は酷く憂鬱な気分になるのである。

 

 

私の実家の会社は当時2月20日決算で、私は新しい期が始まると同時に入社した。財務担当取締役ではあるが、日常業務は私がいなくても今まで回ってきたので、当然のことながらルーチンワークでやることは特にない。前職は今でいえば完全にブラックな職場環境で徹夜続きも当り前だったから、6時になるとガランとしてしまう社内はかなり新鮮に映った。S社の問題を片づけるという私なりの目標はあったものの、財務担当として関係先に挨拶を済ませた後、しばらくはのんびりやれそうだと甘い考えをしていた。今にして思えば、全く、甘い考えだった。

 

メインバンクであるA銀行の担当者Kさん(彼は、私が接した銀行員の中で今に至るも最も融資先のことを考えてくれる素晴らしいバンカーだった)が私に直接電話して話があるといってやってきたのは、A銀行に挨拶に行った数日後だった。会議室に入ると、Kさんは言い難そうに「御社が3月15日に資金不足になるのは知っていますか?」

と言った。父から毎年この時期にA銀行とD銀行から資金調達するとは聞いてはいたが、着任したばかりで、いくら資金が不足するのか正確には把握していなかった。今にして思うと、いくら着任直後とはいえ、財務担当者として自覚が足りていなかったと思う。Kさんに正直に詳細は承知していない、と言うと、Kさんは私も詳細は知りません、と言った。

 

私はかなり驚いた。3月15日まで2週間ほどしかないのに、メインバンクの担当者が詳細を知らないとはどういうことか。Kさんは、銀行はあくまで企業からの申入れがあって初めて融資の検討をするのであるが、未だ社長や会長からいつ、いくら必要なのか、正式な融資の申入れはない、銀行は貸してくれと言わない会社に融資をしたりしません、と言った。何となく、メインバンクというものは企業の資金状況を把握していて、前もって資金を準備してくれるものだと思っていたのであるが、資金をいつ、いくら、いつまで借りるのか、それはあくまで企業自身が考えて申し入れるものだということをこの時初めて教えられたように思う。メインバンクといっても、商業銀行が企業の経営に責任を持つなどということを経営者が期待してはいけないのだ。

 

Kさんは、とはいえ、資金不足することはわかっているので、経理課長にヒアリングしたところ、トータルで5億円くらい足りない、とのことだったが、試算表も資金繰り表ももらっておらず、いくら笠間さんでも、このままでは間に合わなくなってしまいます、と心配そうに言った。今まで試算表や資金繰り表をもらったことはなく、昨年くらいから勘定明細付きの決算書をもらえるようになったものの、それまではBSとPLだけの決算書以外一切資料なしに融資をしていたが、最近急速に融資残高が増えており、担保もとっくに不足しているので、流石に資料なしに5億円も融資するのは不可能だ、とKさんは言った。

 

5億円、という数字にまず頭がくらくらしてきた。金が足りないからといって、そんなに借金をしてそもそも返済できるのだろうか?我が社は売上こそ60億円を超えていたが、経常利益は数千万円がせいぜいなのだ。

 

その話は社長や会長にも言ったのですか?とKさんに問うと、笠間さんの社長やまして会長に資金繰り表がないと融資できないなんて、支店長でもとても言えません、との答えだった。そのくらい、祖父は地元では有力者だったのだ。室長(私のこと)から社長や会長に言ってください、とKさんは懇願するように言って帰っていった。

 

私は早速、父と祖父にKさんの話を伝えると、二人はみるみる不機嫌になった。去年、あんまりしつこいから決算書一式を渡してやったのに、何を言っているんだ、黙って貸せばいいんだ、と怒っている。でも、いくら足りないのか、とか、いつ返すのか、とか、説明しないと向こうも困るんじゃないの?と言うと、そういった細かいことは経理課長のOに任せておけばいい、と言って話は終わりだった。

 

O課長に、A銀行との交渉状況を聞くと、この資金繰り表のコピーをKさんに渡して頼んであります、と言って、B5の社用便箋に手書きされたメモを見せた。2月15日の預金残高から、入金と支払の内容と金額が丸い数字で記載されており、3月15日の残高の欄には黒い▲の後ろに500,000,000円と記載されていた。ちなみに、残高のマイナスはさらにどんどん膨れ上がり、4月15日にはマイナス8億円ほどになっていた。見ると、支払いはそれなりに正確に近い数字が入っているが、入金は極端に少ない。売上は月平均で5億円あるはずであるが、3月の入金は3億円くらいしかなかった。しかも、4月の入金予定はほとんどない。質問すると、入金予定がはっきりわかっているものしか入れておらず、畳屋や内装屋など、入金金額が不確定のところは入れていないし、今の段階で4月の入金予定はまだよくわからないのだ、とのことだった。世の中では請求書をだせば1カ月後の月末とか、決まった日に請求書どおりに入金してもらえるのが常識であるが、畳屋にかぎっては、ある時払いとか盆暮れ払いとか、21世紀の今に至るも江戸時代的な風習が生きていて、集金に行ってみないと幾ら払ってもらえるかわからないのだ。もちろん、インターネットバンキングはおろか銀行振込という言葉も当時の畳屋の辞書にはない。

 

この便箋に手書きされた資料だけで5億円借りられるだろうか(いや、とても借りられそうもない)。

 

中小企業の資金繰りのことなど全く経験はなかったが、例え3月15日に5億円貸したとしても、1カ月後にはさらに3億円貸さなければならない資金繰り表を見せられて、銀行としてはとても融資できないだろう。取り敢えず、私は1年間の資金繰り実績表を作ってみることにしたが、それだけでも初めてやってみると意外に難しかった。

 

 

 

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2022.12.31

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